空とは
空について
空(くう)とは
空とは、すべての存在に固定された実体や自己性は無く、他の要因と相互に関係し合って一時的に存在している、という考え方です。
空はサンスクリット語で「シューニヤター」といい、漢訳では「空性」とされています。
すべての物事が空であることを理解することは、変化し続ける現実(諸行無常)を受け入れることであり、執着から解放されることになります。
空の概念の基盤づくりに最も貢献した人物は龍樹(ナーガールジュナ)と言われています。
ナーガールジュナ(龍樹:りゅうじゅ)
ナーガールジュナは、2世紀頃の南インドで活動した仏僧・哲学者です。
サンスクリット語の「ナーガ(Nāga, 龍/蛇神)」と「アルジュナ(Arjuna, 樹/英雄)」を組み合わせた名前であり、「龍樹」と漢訳されています。
著書『中論』で「空」や「縁起」の論理を説き、大乗仏教の思想を理論的に体系化したことで、「中観派の祖」や「八宗の祖」と称されています。
『中論』の他に、『十二門論』『大智度論』など多数の論文を残したと伝えられています。
中観派(ちゅうがんは)とは
中観派とは、インド大乗仏教における哲学学派の一つで、龍樹を祖師として「中論」などの著作を基本典籍としています。
この学派では、すべての存在は独立した実体を持たず、相互依存関係で成り立つ「空」であることを説き、有無の極端を離れる「中道」を重んじます。
二大学派として対比される唯識派(瑜伽行派)が「意識のみが実在する」とするのに対し、中観派は「意識を含めてすべてが空である」という徹底した空観を主張します。
般若経について
般若経(はんにゃきょう)とは
般若経とは、大乗仏教の根幹である「空」の思想と、悟りに至る智慧(般若)を説いた広大な経典群の総称です。
三蔵法師として名高い玄奘(げんじょう:602〜664)がインドから中国に持ち帰った大乗仏教経典を漢訳したものは「大般若波羅蜜多経(大般若経)」と呼ばれます。
そして、全16部600巻に及ぶ大般若経の膨大な内容を、約262文字で簡潔にまとめた経典が「般若心経」です。
般若心経は膨大な般若経の教えを凝縮しており、 空の理法を説く経典として様々な宗派で唱えられています。
仏説 摩訶般若波羅蜜多 心経
観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄
舎利子 色不異空 空不異色 色即是空 空即是色 受想行識 亦復如是
舎利子 是諸法空相 不生不滅 不垢不浄 不増不減
是故空中 無色無受想行識 無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法 無眼界乃至無意識界 無無明亦無無明尽
乃至無老死 亦無老死尽 無苦集滅道 無智亦無得 以無所得故
菩提薩埵 依般若波羅蜜多故 心無罣礙 無罣礙故 無有恐怖 遠離一切顛倒夢想 究竟涅槃
三世諸仏 依般若波羅蜜多故 得阿耨多羅三藐三菩提
故知般若波羅蜜多 是大神呪 是大明呪 是無上呪 是無等等呪 能除一切苦 真実不虚
故説般若波羅蜜多呪 即説呪曰 羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶
般若心経
色即是空、空即是色(しきそくぜくう、くうそくぜしき)
この言葉は般若心経の有名な一節です。
色とは、目に見えるもの、形づくられたもの、現象、存在などを意味します。
色即是空とは、「この世の形あるものは、固定的な実体を持たず仮のものであり、常に変化し続けるものである」という意味です。
空即是色とは、「常に変化し続けるからこそ、形としてこの世に現れている」という意味です。
この言葉は、この世のすべてのものは常に変化して実体がないのだから、その時々の現実をありのままに受け入れる考え方を提唱しています。
つまり、あらゆる物事に対して、「こうあるべき」という執着や「絶対に唯一」という固定観念に縛られることなく、形が変わることを前提として柔軟に考えていくことを示しています。
諸法空相(しょほうくうそう)
諸法空相は、般若心経にある「是諸法空相」という一節にある言葉です。
諸法(しょほう)とは、目に見える物質的なものから感情や思考などの精神的なものに至るまで、この世に存在するあらゆるものや現象のことを指します。
相(そう)とは、ありのままの姿や特徴のことを指します。
つまり、この言葉は、この世のすべての物事や現象は空であるという本質を表します。
これは、四法印における諸法無我と類似する考えとなります。
不生不滅(ふしょうふめつ)・不垢不浄(ふくふじょう)・不増不減(ふぞうふげん)
これは、空の思想を表す重要な言葉と言われています。
その意味は、すべての物事や現象は実体を持たないため、生滅、汚清、増減、という相対的な概念を超越した真理を示します。
つまり、物事の本質を知ることで、相対的な価値観や言葉による執着から離れ、自由な心で生きていけることを説いています。
| 語 | 説明 |
|---|---|
| 不生不滅 | 生まれることもなければ、死ぬこともない。物質は形を変えるだけで不滅である。 |
| 不垢不浄 | 汚れることもなければ、清らかになることもない。鏡のように、何が映ろうと本質は汚れない。 |
| 不増不減 | 増えることもなければ、減ることもない。本質的な価値は一定である。 |
宗派による空の考え方
真言宗における空とは
真言宗においては、空とは現実世界のありのままの姿を肯定的に受け入れ、執着せず生きるための知恵とされています。
密教の修行(印・真言・瞑想)を通じて、この身のまま、この現実世界の空を体験し、大日如来と一体となる「即身成仏」を目指しています。
天台宗における空とは
天台宗における空の考え方は、大乗仏教の教えを基盤としつつ、それを「円融三諦(えんゆうさんたい)」という独自の理論で発展させています。
円融三諦とは、すべての物事は実体を持たない「空諦(くうたい)」、現象として仮に存在する「仮諦(けたい)」、空と仮を超越・融合する「中諦(ちゅうたい)」の三諦が、相互に溶け合い一体となっていることを意味します。
さらに、「一心三観(いっしんさんがん)」という、心の中に「空・仮・中」の3つの真理を同時に成立させる瞑想を行い、物事の真の姿(実相)を悟るとされています。
浄土宗における空とは
浄土宗における空の考え方は、無自性(すべての事物には固定不変の実体がない)と縁起(相互依存によって仮に存在している)という大乗仏教の根本思想を基礎としています。
しかし特徴的なのは、人間は本来的に無知で執着が強い凡夫であるため、自力で空を悟り涅槃へ行くことは困難であると認めていることです。
浄土宗では、空の思想を前提としつつも、阿弥陀仏の慈悲を信じ、南無阿弥陀仏と唱えることで救われて浄土へ往生するという「他力」の道が説かれます。